原付バイクで街駆け巡りナース 

訪問看護に転職したナースの日常ブログ。 こんなナースもいるんだと共感したり励みになって頂けたらと発信します。

訪問看護師が感じた里帰り出産のメリット

妊婦になり、職場に大変配慮していただき無事トラブルもなく産休に入っています。

そして、今は里帰り中です。

 

なぜ里帰りにしたか、実際どうだったか?について感じたことを綴ります。ちなみに、まだ出産は終えていません。現時点での話です。

 

どこで出産をするか?と問われたときに自然と里帰りしよう!と思いました。

 

 

理由は、私がのんびり過ごしたい。産後、美味しい物をご褒美に食べたい。我慢していたお寿司を食べたい。(地元は北海道なので美味しい)

食いしん坊なのがバレバレですね。

 

高校卒業し実家を出て、関西や海外と好き勝手過ごし、地元に帰ることは年1〜2回ぐらい。両親とゆっくり過ごす良い機会であり、親孝行するチャンスだと感じたから。

夫に対しては、最後にのんびり自分の好きな時間に使って下さい。その代わり産まれてからは覚悟しとけよ!とそんな感じです。

 

里帰りのメリット・デメリットは本やネットにありますが、妊婦さんが1番納得できることを選べば良いと私は思います。あなたが主役です。

 

コロナ禍となり実家に帰省するのも、実に2年振り。両親は定年過ぎていますが、今もパートで働いています。有り難いことに2人とも健康ですが、65歳を超えると老化のスピードが2、3年でまた一段と加速している気がします。

 

昼寝が必要。疲れ易く余裕がないため、ちょっとした夫婦喧嘩をよくする。料理の品数が減った。疲れたときはお弁当など昔は絶対食べなかった物を食べている。5年位前の本棚は健康にまつわる本ばかりが、現在は終活、老後、豊かな死などに変わっている。

里帰りして気付いた両親の変化です。料理の味は変わってなく、ホッとしています。

久々に一緒に生活しなければ、よく気付かなかったかも知れません。

 

訪問看護をしていると、状態変化のあった利用者さんに遠く離れた家族が駆けつけることがあります。

「いつからこんな状態なの?もっと早く知らせてよ。頻繁に来てたら良かった」と後悔を口にする方も多い。親が何を望んでたかよく分からないなどよく聞きます。

 

そんな場面を目にして、私にも当てはまるなと。元気だし大丈夫だろうと...あまり頻繁に親と連絡も取ってないし、今後について両親の想いなど聞いてなかったなぁ。

 

そんなわけで里帰りし、両親とゆっくりと話す時間を持てている。

 

「無理ない程度に働き、年金ももらいつつ夫婦でときどき旅行と夏は家庭菜園しながらここに住み続けたいと」と今後について両親の考えを聞けた。

そして、わたしとしてもお金と時間は自分たちのために使ってほしい。動けるうちにやりたいことをした方がいいと伝えれた。

 

子どもが産まれてからこんなゆっくり話す時間は取れないだろう。この先帰省するとしたら、お正月とか...めでたいときに老後どうするの?なんて話をできるのか。次ゆっくり両親と過ごすときは介護するときかも知れない...など少し年老いた親を肌で感じ、色々考えた。

 

里帰り出産では、親と時間をかけて話す機会があり良いものです。

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看護師ってつい頑張り過ぎてしまう

妊婦になり、気付けばちょいと無理をして

しまうことが多いなと感じます。

 

それは、やはり看護師だから。

 

いつも相手にする方は、どこか健康に障害を抱えている。

がんの疼痛などで苦しむ方を目の前することもある。

 

そんな方々の前で、看護師が元気なかったら

ダメだよね、と明るく振る舞うように自然と

身に付いている。

 

目の前にしんどい思いをしてる方がいるのに

健康な私は頑張っていないと、と。

 

 

先日、妊婦健診で助産師との面談があった。

 

わたしは里帰り出産を予定している。

 

助産師「もし、里帰りできなかった場合のことを考えていますか?」

 

わたし「いや、全然考えてなかったです。

まぁ、なんとかなるかな〜と思ってます」

 

助産師「あなたのことをサポートしてくれる方など今から考えておいて下さい。

看護師さんでしたよね?看護師って何でもこなしてしまうんですよ。

それで、後からガタって身体も精神的にも必ずダメージがきますから」と言われたのです。

 

産後は3時間おきの授乳にオムツ替え。

でも、かわいい赤ちゃんで相手は1人。

睡眠も取れないと言うけど、過酷な夜勤で

何十人も受け持っていたし。

眠い中ハードな勤務もしていた。

まぁ、なんとかやれるだろうと甘く考えていた

面があった。

 

たしかに...看護師は、大変でも「頑張ってやりこなしてしまう」のである。

私生活でも。

 

気付けば無理が積み重なって

疲弊してしまうのです。

 

なので、わたし無理して頑張ってない?

大丈夫かい?と特に仕事中、自分に問いかけています。

 

ここで無理したら、利用者さんや赤ちゃんに

結局負担をかけてしまう。

 

1番に自分を大事にできなければ周りを大切に関われません。

 

相手を優先し頑張ってしまう看護師さん。

頑張り過ぎてないか、ときどき自分に問いかけてちょっとブレーキをかけてくださいね。

無理をしていたと気付いたら、周りに助けを求めましょう。

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訪問看護師が職場に妊娠を伝えるタイミング

本日から妊娠中期。

安定期と言われる時期に入りました。

とりあえず、ホッとしています。

 

さて、妊娠を伝えるタイミングですが

よく安定期に入ったら職場に報告

することが多いと聞きます。

 

しかし看護師の場合は、夜勤や体に負担

のかかるケア、感染症にさらされる

リスクがあります。

妊娠が確認でき、早めに職場に

報告する看護師が多いでしょう。

 

私の場合も、すぐに上司へ伝えました。

 

生理が1週間以上遅れ、あれ?

もう少し様子を待つが来ず。

まさか妊娠?か。

 

市販の妊娠検査薬で「陽性」の反応。

本当か?と疑い、数日に分け検査をしました。

どれも「陽性」の結果でした。

 

休日を待ち、産婦人科で妊娠の

確定診断のため検査と診察を受けました。

 

妊娠6週で胎嚢と心拍の確認ができ

「おめでとうございます!」

とても優しい声の女医さんに

声をかけてもらい、思ってもいなかった

妊娠に嬉しさと驚きの感情が湧きました。

 

それも束の間、看護師として妊婦生活を

送ることに不安が押し寄せました。

何度も忙しい職場で、流産や切迫早産に

なった同僚を知っているから。

 

診察室を出て、すぐに上司へ妊娠したと

メールを打ち始め・・・

あ!さすがに旦那さんに1番に報告

せねば悪いなと連絡を入れ

その後、上司へ報告したのでした。

 

週明け、上司は訪問のスケジュール調整

をして下さりました。

 

ただ、今振り返ると「妊娠したかも?」

と思った時点で上司に相談しても

良かったのかなと思います。

 

妊娠の確定を受けるまでの期間は

不安な日々だったからです。

 

1日平均5〜7件の訪問。

移動やケアで流産してしまっていたら?と。

新規の訪問や新しい業務を任され

「いや、私妊娠してるかも知れないのに」と

何も知らない上司に勝手に少し腹を

立てていたりしました。ごめんなさい。

きっとホルモンの変化のせいです。

 

産婦人科を受診するまで、仕事後は

ベッドでひたすら安静に過ごし

無事、妊娠を願うばかりでした。

 

「妊娠したかも?」と思った時点で

上司に相談しても、きっと早めに

産婦人科へ受診できるよう業務の調整や

体に負担のないスケジュールへ

変更してくれていたと思います。

 

職員のことも大事できないなら、

利用者さんを大切にはできない。

所長なら当然のはず、と。

 

たとえ妊娠していなかったとしても

妊娠を考えているんだなと把握して

もらうきっかけにもなるかと思います。

 

妊娠初期は、流産のリスクがあります。

悪阻も始まります。

お腹もまだ目立たず妊婦だと気付かれません。

訪問看護は、気分が悪くなっても

病棟のようにすぐに休憩室で

休むことができないです。

訪問先は基本1人。

何かあってもヘルプですぐに代われない。

妊娠初期、私は何より移動が辛かったです。

 

妊娠生活は、常にリスクと隣合わせ。

安定期と言われますが、胎盤がしっかり

完成して流産のリスクが減っただけ。

何があるかわかりません。

 

自然流産もある妊娠初期ですが

今まで通りの仕事をしたことで

未然に防げたトラブルを回避

できなかったら、悲しいです。

 

なので、妊娠がわかり次第すぐ職場に

伝えた方が良いと思います。

 

また、妊娠を望んで治療をしている方も

積極的に相談した方が良いと

言うのが私の意見です。

 

妊娠は人生で数少ない期間限定。

どうか自分の身体を1番に考えて欲しいです。

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妊婦な訪問看護師になりました

原付バイクで街駆け巡りナースは

この夏、お腹に命が宿りました。

今は新しい命とともに訪問看護をしています。

 

悪阻により何もやる気が起こらず

ブログも全然書けていませんでした。

無理せずのんびり過ごしています。

 

そろそろ安定期です。

涼しくなり、悪阻も落ち着いてきました。

 

妊婦な訪問看護師がどのように

仕事をしているのか?

 

どのような思いで産休までを

過ごしているのか?

 

意外と細かい情報がないなと感じました。

 

なので、妊婦な訪問看護師が気付いたこと

やありのままの感情を綴っていこう

と思います。

 

同じように妊婦で訪問看護をしている方

これから妊娠を望む方や

職員が妊娠したとき

または不妊治療をしている方など

何か私の体験が役に立てればと願います。

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余命あと10年です。

下半期が始り、ほぼ毎日雨です。

そんな時はお家でゆっくり自分と向き合う

時間を過ごしています。

 

久しぶりのブログになってしまいました。

Twitterでは最近、毎日呟いています。

限られた文字数でいかに言葉を届けられるか

私なりの実践中です。

もし良かったらそちらも覗いてみて下さい。

https://twitter.com/keiconkahvia77

 

さて、しばらく終末期について書いてきました。

看護師という職業は

人生の最期に立ち会わせていただくことや

いろんな方の生き様をいつも側で見ています。

私自身の人生観や死生観を何度も立ち止まって

考える機会を頂けて感謝です。

 

人生って長いようで短い。

残り少ない日々を過ごす方から教えのように

聞かせてもらった言葉です。

 

日本は平和です。

ぼーっとしていても何事もなく

平凡に過ごせます。

 

あとどれくらい生きれるか分からない。

無駄な時間を過ごしてしまうこと

しばしあります。

 

というわけで、余命を決めて生活

することにしました。

あと10年しか生きれないなら、

どう私らしく過ごすか?

何を残すか。何をやり遂げたいか、

どこへ行きたい?

 

あと10年と思うと、毎日がとても

大切に思えます。

やはり何より大切なことは

今この瞬間なのです。

 

今を生きる

 

みなさんも意識してみて下さい。

 

ちなみに余命10年なんてタイトルですが

私は北海道の紫竹ガーデンの

紫竹さんのように

長生き現役で、好きな場所で

最期を迎えるのが夢です。

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リビング・ウィル始めました

先月、今月と看取りをさせて

いただく機会があり

色々と考えたことを引き続き綴っています。

 

先日お亡くなりになった方は

自分の意志で自宅に帰ることを選択し

食べれなくなっても点滴はしないと

先生にお断りをし

趣味であった盆栽をもう面倒見れないと

手放す段取りをされていた

 

最後まで自分がどうありたいか伝え

まさに自分の人生を生き抜いた

という感じでした

 

ご本人の意向がはっきりとされており

家族も色々想いはあるも

「お父さんがそう言うならそれでいいか」

と選択に迷ったりすることもなく

そっと寄り添っていました

 

こういうのがいいよね

自分で選択した人生を最期まで送りたい

そうであって欲しい

 

しかし、人生何があるか分かりません

突然事故に遭うかも知れない 

病で倒れるかも知れません

 

自分の意志で生きてきたのに

最期を人任せにしたくない

自分の望んでいない治療を

されてしまうのは避けたい

と看取りを通して

改めて考える機会となった

 

そんなわけで、

人生の最終段階における医療やケア

についての事前意思証明書と言われている

リビング・ウィル」を書いてみました

 

書いていると、今からどう暮らし

将来、自分が書いたリビング・ウィル

どう繋がるのか真剣に考えました

 

最期をどう迎えたいか考えることは

自分の人生を見直したり

今を大切にするきっかけになるの

ではないでしょうか

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認知症になったら終わり

認知症になったら終わり」なんて

昔は聞いたりしたフレーズで

今回はそんなタイトルですが

もちろん、認知症になったら終わり

なことは全くないです。

 

先日、関わらせていただいた

利用者様は認知症の終末期。

 

点滴はどうする?在宅酸素は導入する?

ご家族様は、最後の時期を理解され

覚悟していましたが

刻々と変化する状況に感情が揺れ動き

色々な選択を迫られた際

「どうしたらいいんだろう?」

と困惑する様子がありました。

 

どの家族であっても自然な反応だと思います。

 

もしそこに当人の意思が残されていたら?

家族は「お父さんが望んだことだもんね」と

選択に迫られずに最期まで本人の意思で生き抜くことをサポートできるでしょう。

 

認知症の終末期では「痛い」「嫌だ」

などの発語すら困難な場合もあり

本人の意思がそこにないことを改めて痛感。

 

本人が望んでもいない選択を

されてしまったら?

望んでもいないことがそこに意思がない

ことにより他者の決定権により

進められてしまうことがあるのです。

 

そうか、「認知症になったら終わり」

とはそう言うことか。

 

認知症で意思決定できない家族の

選択を支えるのが私達、医療者であるのだが

いずれ迎えるであろう認知症の終末期に備え

 認知症発症の初期の段階

まだ会話ができる内に

家族を交えて意思の確認を支援、

継続していくことが重要です。

ですが、まだまだこの点が不十分だなと

認知症の方の終末期に関わらせて

頂く中で感じます。

  

意思決定できない利用者様の

家族が色んなことの選択に迷っている時

 

「お父様(お母様)だったらどうするでしょうかね?喜びますかね?」と

問いかけたりしてみています。

 

本人、家族にとって選択が最善なもの

となるよう倫理などもっと勉強が必要だと

感じます。

 

そんなことを考えたここ数週間でした。

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